平井洋一 @pira@m.pira.jp

具体的な問題にあたっていると気づくこともある。

もう修士論文を書く頃には明らかだったが、誰も解いたことの無い難しい問題を解こうとは思わなくて、こっちとあっちでやっていることって似ているな、ここは同じなんじゃないかな、とかいってるのが好きだ。そのためには、あっちとかこっちとかでやっていることを知らないといけないが、世の中すべてに詳しくはなれないので、嗅覚をもって、読む本とか会いに行く人とか話を聞く人とかを定める必要がある。そんでひとたびネタが見つかったら手元で何か錬成するべきなのだが、やりかけのことが増えて、興味を持ってくれる人をそそのかしておくような場面も増えた。ま、新しくやってきた運営陣も、あまり他の人に出来ないことをやれば良い、てなことを言ってるので、やりかけたことは全体自分でやり通さないといけないというふうでもなさそうだ。多腕バンディットみたいなものだとすると、選んだことがうまくいっている限りどんどんやり続けるのはありかもしれん。

ポツダム広場にお堂があった。朝鮮統一を願ったお堂でベルリンの壁のあったところに建てたとのことであった。

風邪を引くと半鶏を食べる。職場の近くの半鶏屋の、鶏36とかいう名前が、昔あった少年ギャング団のオマージュになっているらしいことに気づいた。

気にしているいくつかの固有名詞を持つこと。買うものについて調査すること。技術を学んで練習すること。

毎日同じようなことをして暮らすのは好きか嫌いか。

寄りかかって暮らしていけるところまで技能を高めるとよい。

いろいろなことが徐々にしか進まない。進めることによってよくなる分と、積もったものが劣化していく分とが、釣り合うようなところに落ち着いていく。

「それに移るのがよいと思って移ったのではない。これは低級なものだと思いながら、やむを得ず、やらざるを得なくなって、やったのです。」「ところがそれが時代の性格に最も良く合っていたのです。」(石原莞爾「最終戦争論」)

夜になって修理に来てくれるとは思わなかった。16時を回ったらすっかり諦めていた。

時間の限界効用とお金の限界効用の話をしていた。

衣食足りて手元に字があれば幸せなんじゃったら、活字については、青空文庫やら図書館やらで、充分足りてしまう。ついでにノートに計算などして、あれなにか合わないぞ、とかやっていると、いくらでも時間が経ってしまう。晴れていると散歩もしたい。

100年前のドレスデンはたいそう栄えていたらしいことがわかる。

肉を焼いたらほめられた。

働いていると一日経つのがあっという間で、あまりよくない。

春だと思ってだらけていたら、昔仕掛けたことをまじめに進めないといけないことになってしまい、目が覚めたような具合になっている。

歩調がのんびりになった気がする。

たとえばHeytingの本が、RostockにはあるけどBerlinには無い。

生のにんじんをかじるのと、文法ドリルをこなすのと、なんだか似ている。

平井洋一 boosted

JuliaでExact Real Arithmetic 実装するバイトとかあったら来る人いますか。